エグゼクティブ・サマリー
本稿の結論は三点に集約される。
第⼀に、近年のアクティビストを中⼼とする株主による株主提案の増加は、資本市場の効率性や対話の活性化という正の側⾯を持つ⼀⽅で、⽇本の制度的脆弱性を突くウルフパック型の企業⽀配⾏為を呼びやすい環境を形成するという負の側⾯も持つ。 本稿でいうウルフパックとは、外形上は適法な投資⾏動を装いながら、実質的には制度⽬的を潜脱する協調的持分集積⾏為を指し、その⼀部は事後的に法令違反として認定されてきた。この⼿法の本質は、合法的なアクティビズムとは異なり、⽇本の法制度や運⽤、さらには企業統治慣⾏そのものを逆⼿に取ることを前提とした、制度潜脱型の⾏為である点にある。⼿法としては次のようなものである。共同保有の⽴証が困難であることや、⼤量保有報告規制における遅延・虚偽報告の抑⽌⼒が弱いことを織り込み、名義を分散させた株式取得を進める。その過程で、経営側に不利な偽情報や誇張した情報を流布しつつ、⾃らを「善意の株主」「ガバナンス改⾰を求める正当なアクティビスト」と装うことで、政府・市場関係者・⼀般株主の誤認を誘発する。そして、事実関係の検証に時間を要する間に、実質的⽀配の既成事実を形成していく。 ウルフパックの問題が深刻なのは、単なる個別違反にとどまらず、⽇本の法制度が、違反⾏為に伴うコストを⼤きく上回るリターンを許容する構造となっている点を露呈させたことである。当局は真の実質⽀配者を迅速かつ確実に把握する⼿段を持たず、不当に企業⽀配が移転した後であっても、これを是正・回復するための実効的な枠組みが⽋如している。加えて、平時においてこうした事態を未然に抑⽌する制度的備えも存在しない。ウルフパックは、これらの制度的空⽩を可視化したのである。
第⼆に、⽇本の株式市場には、違法性が疑われる買収や制度の趣旨を潜脱する持分集積であっても、事後的な問題化にとどまり、⽀配移転を実効的に⽌めたり巻き戻したりする仕組みが弱いという制度的脆弱性が存在する。この構造が、⽇本企業を標的として選択する誘因となり、他国の意思を背景に持つ主体にとっても参⼊しやすい環境を⽣んでいる。 当初から国家的意図を背景に持つ主体が、制度の隙を突いて企業⽀配を試みる可能性も否定できないが、問題はそれにとどまらない。たとえ純粋な利益追求を出発点とする投資家であっても、投資の過程のどこかで、他国の意思と結びつく主体へとその株式が移転し得るという構造がある。買収者と企業側の⾏動を整理するうえでは、買収者のプロセスを①投資の⼊⼝、②株式の買い進め、③経営権の掌握または投資回収(出⼝)の三段階に分解し、これに④企業側の平時における対策を加えた四段階として捉えると理解しやすい。ウルフパックの成功事例が⽰した制度上の⽋陥は、これらすべての段階において投資家側に有利に作⽤する。とりわけ③の出⼝局⾯――ブロック売却、ファンド受益者の変更等――において、ウルフパックであるか否か、あるいは「正当な」⼤型株アクティビストであるかを問わず、海外籍ファンドなど真の出資者が不透明な場合、最終的な株式の帰属先が経済安全保障上のリスク主体となる可能性を排除することはできない。
第三に、以上を踏まえれば、重要インフラおよびコア技術領域においては、資本市場の効率化や株主との対話という⽅向性を肯定しつつも、より⾼度な制度的配慮が不可⽋である。具体的には、投資の⼊⼝、買い進め、経営権取得または出⼝、そして平時という全プロセスにおいて、透明性の確保とともに経済安全保障の視点を明⽰的に組み込んだ制度設計が必要である。 とりわけ市場監督においては、課徴⾦額や摘発件数といった個別違反中⼼の指標に依拠するのではなく、経済安全保障リスクを⽣み出す構造そのものを除去できているかを中核指標とする発想転換が求められる。 さらに、このような制度上の不備を放置すれば、他国の意図を帯びた主体が⽇本企業を⽔⾯下で⽀配する事例が増加することは避けられない。その結果、経済安全保障の観点から⻄側諸国がサプライチェーンやインテリジェンス分野の再構築を進める局⾯において、⽇本企業に対する信頼が低下し、いわゆる「⽇本企業はずし」が進むリスクも排除できない。加えて、⽇本の資本市場そのものの信認が損なわれ、資本コストの上昇を通じて企業活動の⾃由度と成⻑余地が削がれることで、⽇本経済全体の活力的が中⻑期的に低下するおそれがある。